【長編】ホタルの住む森
「茜、見てごらん」
私を腕から下ろした晃の指差す方向を見る。
森が開けたその奥に、信じられない光景があった。
「す……ご…い」
言葉もでないくらいに驚いた。
世の中にこんな風景があったなんて…。
目の前にそびえる崖の中腹には、見たこともないほど大きな桜の木が大きく両手を広げ、風が吹くたびに花を散らして足元を流れる清流の川面に降り注いでいた。
たくさんの桜の花びらを纏い、清流は光に煌きながら流れていく。
水の流れに花びらが漂い揺れる様子は、晃との別れを決めながらも揺れ続けている私の心のようで、胸が痛くて、苦しくて息が詰まりそうだった。
肌が粟立ち思わずギュッと自分を両手で抱きしめる。
圧倒的な存在感。
圧倒される生命力。
『命を謳歌する華』
その言葉がぴったりの光景だった。
晃は何故ここに私を連れてきたんだろう。
そう思っていた時、晃はその光景を見つめながら私の肩を抱いて静かに言った。