【長編】ホタルの住む森

「その夜、彼女が運ばれてきて、朝方男の子が生まれたと聞いたけれど、彼女は亡くなってしまった。その事を告げる間もなく角膜移植の手術が行われて、その後あなたは高熱に侵されて、目が覚めたとき記憶の一部は失われていたの。
茜さんとの事もすっかり忘れているようだった」

陽歌はハッとして伯母の顔を見た。

その表情で彼女が言わんとすることが解ってしまった。

「忘れているのなら、そのままのほうが幸せだと思ったの。
あなたが大好きだった茜さんが亡くなって、その目を貰ったとは、両親を亡くしたばかりでやっと心を開きかけたあなたに告げられなかった。
術後あなたはとても不安定だったから茜さんの死はあまりに辛いと思ったの」


目に涙をいっぱいに溜めた伯母の表情に、彼女がずっと罪悪感に苦しんでいたことを知った。
陽歌は自分の為に多くの人が傷ついてきた事実に大きな衝撃を受けていた。

全ては私のためだったんだ。

私が茜さんとの約束を忘れてしまっていたから…。

涙が溢れて止まらなかった。

茜さん、茜さん、ごめんね。忘れてしまってごめんね

涙の止まらない陽歌の肩を拓巳は静かに抱いていてくれた。

その優しさが、とても嬉しかった。


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