【長編】ホタルの住む森
手紙を持つ手が震えて、涙で文字が滲んだ。
日付は茜が亡くなる前日だった。
あの日帰宅してから書いた物だろうか。この数時間後に陣痛が始まり、彼女は望みどおり母となった。
命を賭(と)してこの世に生命を送り出し、彼女は永遠に旅立ったのだ。
どれほど生きたかっただろう。
どれほど我が子を抱きたかっただろう。
手紙の文字から茜の心の叫びが聞こえてくるようだった。
海から吹く風が頬を伝う涙を煽って空へと舞い上げる。
数滴の雫が手紙の上に落ち、文字が滲んで手紙が泣いている様に見えた。
「遅くなってごめんね。…やっと思い出したよ、あなたとの約束を」
陽歌の中に茜の亡くなる数日前の出来事が蘇ってきた。