【長編】ホタルの住む森
サイドテーブルの上には幸せの瞬間を切り取った花嫁が微笑んでいる。
白いドレスで愛を誓ったあの日の純粋な瞳は、今もひたむきな愛を晃に捧げ続けていた。
「茜、君がいなくなって随分経ってしまったんだね。あれから16年も経つなんて信じられないよ。僕にはまるで昨日の事のように思えるのに」
晃はあの日に時を止めたまま、命の尽きるその瞬間(とき)に茜と再会することだけを望んで生きていた。
彼女以外に恋する女性など決して現れないはずだった。
それなのにふとした時に出逢ったばかりの陽歌の事を思い出す。茜の姿を求める度に、その姿が陽歌と重なり心が乱れてしまう。
自分の中に芽生えた気持ちを認められない晃は、茜が否定してくれるのを望むかのように写真に語りかけた。
「…君以外の誰かに恋するなんて…そんな事ありえない。婚姻届を出すとき僕は一生君の魂だけを愛し続けるって誓ったんだ。僕の気持ちはあの日と変わっていないよ」
科学的には不可能なことだと解っていながらも、「必ず還ってくる」という夫婦になった日の約束の言葉を信じていたかった。
茜が陽歌となって還ってきたのだと思いたいから心が乱れているのだと、晃は必死に自分に言い聞かせていた。