【長編】ホタルの住む森
何が起こったのかわからなかった。
それまでいた玄関も、目の前の晃も、一瞬の内に消え去り、陽歌はベッドのようなものに横たわっていた。
それが分娩台だと分かったのと、胸を抉られるような痛みに襲われたのは同時だった。
これが茜の最期の記憶だと、陽歌は瞬時に理解した。
呼吸が苦しくて徐々に意識が遠くなり、手足が痺れ始める。
それでも必死で心臓を宥めながら、最後の力を振り絞り命を送り出す。
差し出される大きな手を必死に握り締めて、痛みと苦しみに耐えた。
「茜、大丈夫か?」
目の前が霞み、遠のく意識が見たものは哀しげな晃の顔。
体が引き裂かれる痛みに悲鳴が上がる。
その瞬間、自分の中から命が生まれ出たことを感じた…。
抱きしめたいと願い手を伸ばす。
でもその手を上げる力は残っておらず、僅かに指が動いただけだった。
夜明けを迎える空が茜色に染まり、逝くべき時が近づいてくる。
薄れていく意識の中で最後に聞いたのは、晃の悲痛な叫び。
茜の頬を別れを告げる涙が伝った。