【長編】ホタルの住む森

何が起こったのかわからなかった。

それまでいた玄関も、目の前の晃も、一瞬の内に消え去り、陽歌はベッドのようなものに横たわっていた。

それが分娩台だと分かったのと、胸を抉られるような痛みに襲われたのは同時だった。


これが茜の最期の記憶だと、陽歌は瞬時に理解した。


呼吸が苦しくて徐々に意識が遠くなり、手足が痺れ始める。

それでも必死で心臓を宥めながら、最後の力を振り絞り命を送り出す。

差し出される大きな手を必死に握り締めて、痛みと苦しみに耐えた。

「茜、大丈夫か?」

目の前が霞み、遠のく意識が見たものは哀しげな晃の顔。

体が引き裂かれる痛みに悲鳴が上がる。

その瞬間、自分の中から命が生まれ出たことを感じた…。

抱きしめたいと願い手を伸ばす。

でもその手を上げる力は残っておらず、僅かに指が動いただけだった。

夜明けを迎える空が茜色に染まり、逝くべき時が近づいてくる。

薄れていく意識の中で最後に聞いたのは、晃の悲痛な叫び。

茜の頬を別れを告げる涙が伝った。



< 399 / 441 >

この作品をシェア

pagetop