【長編】ホタルの住む森

陽歌に対する想いは、茜を愛した頃のように刹那を生きるような激情ではない。

だが、春の陽だまりのように温かく、夏の風のように涼やかに、晃の全てを包み込み癒してくれる。

急(せ)くことなく、ゆっくりと流れる幸福な時間の中で、寄り添い、愛を育み、温かい家庭を築く。

死の恐怖と戦うことも、時間に追われることもなく、満たされた心で家族に囲まれて過ごす、かけがえの無い時間。

茜と夢に見て叶えられなかった幸せが、今、目の前にある。

永遠に思い出の中を彷徨い、愛しい影を追い求めて命尽きるのだと思っていた頃には、自分にこんな日が来るとは考えてもみなかった。

一度は失った愛を取り戻し、新しい形で育むことができるなど、まるで夢をみているようだ。

茜の愛したこの丘を陽歌は愛しそうに見つめ、陽歌の愛する風景を茜は共に愛するだろう。

吹く風の子守唄も、木々の間から零れる太陽の欠片も、全てが三人の新しい愛の形を祝福しているように晃には映った。

沈みゆく夕陽が、空を茜の逝った日の色に染める。

瞳を瞑り大気の中に茜を感じると、晃は空に向かって穏やかに語りかけた。



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