【長編】ホタルの住む森
「蒼?右京?そこにいるの?」
淡いホタルの光にぼんやりと照らされて近付いてくる人影の顔を窺い知る事は出来ないけれど、迷い無く歩いてくるその気配には覚えがある。
……まさか?
彼を見てしまったらもうここから動けなくなるのはわかっていた。
そうであって欲しいと願う自分の本心を打ち消すように必死に理性を奮い立たせる。
忘れる事なんてできない。
誰よりも愛していると心が騒ぎ出すのを無理やり押さえ込み、会うわけに行かないと、今来た道を戻ろうとした。
「危ない、茜」
足元の見えない道で思わずよろけそうになった私を、彼は素早く抱きとめた。
触れた瞬間身体を稲妻のような衝撃が駆け抜け、彼の深い愛情が伝わってきた。
「あ…きら…どうしてここに?」
顔を見なくたってわかる、大好きなあなたの声。
抱き締めた私を大きく包み込む強い腕。僅かに早い鼓動を伝える温かい胸。
顔をあげると夢にまで見た最愛の男性(ひと)が、その瞳に迷い無い愛を宿して見下ろしていた。