【長編】ホタルの住む森
「お父さん、僕、医者になるよ」
突然の晃の発言に、父は驚きながらも、やさしく微笑み、「そうか」と言うと晃の頭に手を置き、クシャッと髪をかき回した。
心臓外科の権威と言われる晃の父が、症例のない病を抱える少女を診察をする為に病院を訪れたのは2時間ほど前だった。
だが、肝心の患者がいない。
病院中探していたところ、少女は雨に濡れ、晃に抱えられているのを看護師が発見し大騒ぎになった。
幸いにも少女は熱を出すでもなく、落ち着いて眠っている。
誰もが安堵した時、晃は突然「医者になる」と宣言したのだ。
「お父さん、僕、医者になるよ。
あの娘と約束したんだ。僕が治してあげるって。
あの娘ね、絶対に諦めないよ。生きるって約束したんだ」
真っ直ぐな瞳で父に告げる晃。
晃と少女の間にどんな会話があったか分からなかったが、少女は確かに生きる力を取り戻したことを確信した。
少女に足りなかったものは『死に立ち向かう力』だった。
生きたいと強く願う気持ち。
未来に羽ばたく為の輝く銀の糸で紡いだ羽。
少女は晃と出逢い、確かにそれを得たのだ。
その場にいた医療スタッフ全員が、少女の頬に宿った生気に安堵の溜息を漏らした。