ビタースイート
走っている感覚は無かった。
ふわふわして、音も聞こえない。
カーブを曲がると井上が見えた。
私の前には二人だけしか走っていない。
いける。
重いバトンを振り上げて、無意識のうちに紡がれた言葉。
「井上、お願い」
聞こえたのかな?
気付いた時には祈っていた。
前川さんが走り終えた私の元に来る。
「水原さん!見えてる?」
「え?」
一体どれくらい目を瞑っていたのだろう。
井上を見ると既にもう決着はついていた。
井上の指が、一本立てられているのが微かに見える。
「…勝った?」
「勝ったのよ!水原さん!」
前川さんが私に抱き付く。
笑いがこみ上げる。
勝ったんだ、嘘みたい。
トラックの外でアキは泣いている。
その近くに水無月君が、いた。
視線が、絡む。
逸らすのは、やめた。
少しの間見つめ合って、アキのもとに行こうとした時だった。
「やったな!紗都!」
アキじゃない声で私を呼ぶのは誰?
私を抱き締めるのは誰?
前川さんじゃない。
アキと水無月君と前川さんの顔が曇る。
最後の最後に不安は的中する。
井上、何が望みなの?
待ち受けていたのはクライシス。
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