放課後、いつもの教室にて
「二人きりのときは俺を名前で呼ぶことを許可してやっただろ。」
「そんな権利本気で要りませんから」

立ち上がって彼を振り返る。先生は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、私を見てそれから机の上の資料に目を戻した。

「直子。」

机に目を向けたまま、先生が私の名前を呼ぶ。
支配者のように私の名を呼ぶ彼の声が、私はなぜか嫌いになれなかった。別に支配されたかったわけじゃない。寧ろ私は何かに束縛されるのは大嫌いな方だった。
だけど。彼のもう一つの姿を、本来の姿を知ってしまった今は――、好きではないと思うけど、どうしても嫌いにはなれないのだ。
先生がとても先生らしく思えるから。

「おい、ナオ」
「……何?」
誰に対しても横柄で偉そうな態度の私は、この男が上手い具合に二つの自分を使い分けていることを知っている。彼はもう、何年も前からそうやって『上手に』世渡りをしてきたらしい。

「今から職員室に行って資料とって来い。」
「……面倒だからイヤ。」平気で私を小間使いに利用する彼の、整った横顔を見つめながらテキトーな理由を言う。
「俺の傍に居たいんだろ?」
「…っ…そんなこと言ってない!」
「似たようなもんだろ。俺はお前が必要なんだから、早く俺のアシになってよ?な?」

な?と、とろけるような優しい笑顔で言われても……。

半ば負けそうになりながら私が言葉を飲み込むと、先生はにやりと笑って口を開いた――。
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