足跡
そろそろ帰ろうかと思い、出口に向かおうしたら携帯が鳴った。

“着信中”

かけてきた相手は千景だった。

「もしもし?」

千景が電話をかけてくるなんて珍しい。
そして、今日はちょっと気まずいような気がした。

『もしもし~?何かCD買ったの?』

「えっ?」

俺は辺りを見回した。

すると

『こっち。』

と言って入口付近のエスカレーターの横で小さく手を振っていた。

俺は電話を切りながら、すぐさま千景の元に駆け寄った。
もう10時を過ぎていたし、仕事は終わっているはず…

「えっ?どうしたの?」

「残業だったの!!有り得なくない?で、ご飯食べて帰るとこ。」

「残業とか珍しいじゃん。」

「でしょ?あっ、会社の子がCD買うからって…」

そう言って、手招きした。

「こんばんは。」

そう言いながら挨拶してくれた子は、千景と同じ会社の子で俺たちと同い年だと言う。
小柄で可愛らしい感じの子だったが、千景と比べるとちょっと幼い印象だった。

その子は気を遣い、じゃあここで。と言って帰って行った。


「いいの?」

「いいのいいの。うちらも帰ろ。」

そう言って手を繋いできた。
俺はそれに素直に従った。

「今日も早かったんだね?」
手を繋いだまま駅に向かう途中に千景が尋ねてきた。

「うん。高原がさ。」

「…隣の席の子だっけ?」

「そう。チャラい高原がさ。」

「ふふっ。」

「失恋しちゃってさ。慰めてたの。」

「そう。てか、紘平にそんな話するとか変わってるね~」

その通りだ。
実のところ、俺に恋愛の相談をしてもロクなアドバイスはできない。
なぜなら、今までに好きになった女性は千景だけで、キスとかそういう経験も千景だけで恋愛に関しては失敗をした経験と言うのがない。
それどころか恋愛…千景に対する思いだったり、俺たちの関係って言うのが第三者から見ると、どうやら“普通”ではないらしい。
< 35 / 58 >

この作品をシェア

pagetop