足跡
「せやけど、可愛い思うけどな、俺は。好きな顔やで。」
石黒は別の資料を見ながらモデルの話をしていた。
「そぉか?俺は好きになれないけどな。」
俺は高原から受け取った資料に目を通しなが答えた。
「もっちゃんはほんまに面食いやから。」
そう言いながら、どっかに行ってしまった。
もっちゃんってのは石黒だけが呼ぶ、俺のあだ名だ。


俺が面食いかどうかはどうでもいい話で、あいつのストライクゾーンが広すぎるんだよ。
女なら誰でもいいみたいな感じ。
理解できないね、俺には。

「高原…」

「はいッ!!」

「これ10部コピー」

「はい。」




夕方からの打ち合わせは思いのほか早く終わった。
その日はもう特に仕事も残っていなかったので21時には会社を出た。


8月になり、学生も夏休みに入り、そのせいか平日だというのに街はかなり賑わっていた。

駅に着くと、Gパンのポケットに入れておいた携帯を取り出してメールを打った。

『お疲れ
今終わったよこれから帰る』

“送信”


送った相手は千景だ。
俺が就職してから自然と始まった日課だ。
俺の仕事の終わりが不規則なので、帰る時には必ず一言メールをしている。
所謂、帰るコールみたいなもん。
別にお互い強要しあうわけでもなく、毎日続いている。

改札に向かう途中、手に持った携帯が震えた。
携帯の小窓には“メール受信中”の文字。
メールを開くと、勿論千景からの返信で

『おつかれ(^o^)
今、武蔵の散歩いってた!』

これ、どーよ?

ちなみに武蔵ってのは千景の家で飼ってるオスのチワワなんだけど、完全に名前負けしちゃっている。
これでもかってくらいの怖がりで3歳になるというのに、標準より小さめ。

それより千景のメールの特徴は絵文字をあまり使わない。
更に変換も面倒臭がる。
そして、用件のみ。
完全にこいつの脳みそは男だな。

携帯の画面を見て、思わずにやけた。

これじゃあ俺の方が彼女みたいじゃないか。

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