僕らの夏
涙のプール
みずのにおいが好きだった。
みずをかき、進む、その感触も、
水中で見るぼやけた世界も
私はだいすきだった。
* * *
『かな、』
じりじりと太陽が照りつけ、セミの鳴き声が響く、夏。
私はプールから上がって、シャワー室に入った。
きゅ、と、コックをひねると途端に降り出す雨のような水は、私のだいすきなにおいがして、それと少し温かかった。
ざあざあとタイルを濡らす少しうるさい温かい雨のなかで、私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
『かな、』
忘れるはずがない。優しい、優しい、母の声だ。まだ幼い私の手を引いて市民プールに連れていってくれた、あの優しい、母の声。
じりじりと太陽が照りつけ、セミの鳴き声が響くあの夏。
なんだか、めまいがしそうになった。まるであの母と過ごした最後の夏に、タイムスリップしたような気がして、私はシャワー室を飛び出した。