奴のとなり
しまった、
って思ったけど
もう遅くて、奴と目が合った。
奴は険しい顔をしていて、
あたしの体が固まるのが分かる。
今は会いたくない。
そう直感で思った。
今会ったらダメだ。
逃げるように、
奴のとなりを通り過ぎようとしたとき、
手を摑まれる。
「桜」
奴の低くて、切ない声。
嫌だ。
嫌だ。
奴の冷たい手を振り払って、
急いで家のドアを掴む。
「桜」
奴がもう一度、呼ぶ。
声を聞いただけで、胸が締め付けられる。
鼻の奥がつんと熱くなる。