奴のとなり



「…出来てる」



「じゃあ」



じゃあ



そう聞こえた途端に、あたしの口は桃矢くんの熱い唇に塞がれた



抱き合って、キスをして



そんなどこかで聞いたことのある歌のフレーズみたいなことが、実際にあたしの目の前でおきていて



あたしはどこか冷静でありながら、頭の中は無心の状態になっていた



人ってこんなに暖かいのか



このまま死んでも、きっと後悔なんてしないんだろうとか



静かな部屋の中に響くのは、あたしのだか、桃矢くんのだか分からなくなった息遣いだけで



こんなに広い世界の中で、たった二人だけなんじゃないかって思える



やさしくて、温かな時間



さっきまでの不安なんてどこかに飛んでいってしまったみたい



どれくらいそうしていたのか、分からない時間が過ぎた



1分なのか、1時間なのか



お互い口を離したのは、そのとき



経験不足のあたしには、長時間のキスの息継ぎ方法なんて分からない



だから、口を離したとき、とにかく欲しいものは余韻でも抱きしめ合うことでもなくて、ただ酸素だけだった



「・・・・・・はぁ・・・」



やっと吸い込めた酸素に、あたしはこれまでに無い幸せを感じていて、そんなあたしを桃矢くんは穏やかな目で見ていた



「これだけで、こんなに苦しいのに・・・。今から死ぬかもしれない」




嫌味、冗談半分でつぶやいた言葉に桃矢くんは、はっと短い声で笑う





「死ぬだろうな」




なんて死の宣告付で

















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