優しい檻

「アンコール、もう1曲大丈夫ですか?」

「当たり前だろ」

アンコール3曲目。
船越はいつもベートーベン「悲愴」の第二楽章を弾く。

演奏会全国ツアーもここ神奈川で終わりだ。

雪依がドイツに行ってもう1年経とうとしている。

何とか演奏会も好評で、慌ただしく1年が過ぎた。


最後のサイン撮影会も終わり、楽屋でオケの指揮者やコンマス、聞きにきてくれた演奏家等に挨拶をして、終わった頃にはさすがにくたびれていた。暫くして楽屋にノックが聞こえた。

「もう終わっただろ、1人にしてくれ」
と言ったが、ドアが開いた。


「お久しぶりです」
彼女はにっこりと笑った。
「お前…いつ戻ったんだ」
「今日の夕方です」

「まさか、もうリタイアか?早すぎだぞ」

違います、休みなので戻ったんです。と雪依は言った。

「…元気でやってたか」
マルボロに火をつけた。

「はい、先生は」

「何しに来たんだ。」

「先生に会いに」

「…素晴らしい演奏でした。やっぱり、先生の音楽が一番好き」

「…で?結婚の報告でもしにきたのか?」

その前に、と雪依は言った。
「私、ずっと聞きたかったことがあるんです」

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