向日葵-the black cat-
まず、バイトを雇うなんて話すら寝耳に水だし、おまけにそれが夏希だって言われたのだ。


しかも、突然に。



「決断力もない男に育てた覚えはないけど?
てゆーか、いつまでも俺の部屋に居候されても困るんだよね。」


「―――ッ!」


「湿っぽくて嫌になる。」


だけどもそう、吐き捨てられた台詞に、俺がそれ以上何か言うことは出来なかった。


3人分の沈黙が、外より涼しく、そして暗がりの店内に広がって、未だ俺は夏希の顔を直視することなんて出来ないまま。



「二ヶ月も離れりゃ、少しは冷静になったろ?
俺の命令、お前らふたりで話し合えよ。」


命令、なんて台詞とは裏腹に、声色はひどく優しげなものだった。


そしてそんな言葉だけを残し、こちらへと足を進めてくるヨシくんは、俺の顔を一瞥した後、ポンポンを肩を二度叩く。


まるでその手の平は、頑張れよ、なんて言ってるようだ。


すぐに彼は真横をかすめるようにして、俺らを残し、店を出た。


互いに視線を落とすようにして立ち尽くしたままで、少し距離のある立ち位置の間には、隠しきれない緊張が広がっているのだから。



「ごめん、知らなくて。」


一体、どれくらいの沈黙だっただろう、少し震える声色で先に言葉を見つけたのは彼女の方で、思わず俺は唇を噛み締めてしまう。


会いたくて、会いたくて、会いたくて、どうしようもなかったんだ。


手を伸ばせば触れられる距離に居て、つか、目の前で同じ空気吸ってて、込み上げてくる愛しさに拳を握り締めた。


だけども沈黙に先に耐え切れなくなったのは夏希の方で、逃げるように俺の背中越しにあるドアへと足を進めようとする。


刹那、居なくなるなよ、って思ったんだ。



「…すっげぇ会いたかった…」


< 100 / 113 >

この作品をシェア

pagetop