向日葵-the black cat-
なぁ、夏希…


俺、お前に言ってなかったことって山ほどあるんだけど、もう一個あってさ。


出会ったあの日、俺はあの真っ黒な携帯を落としたんじゃなくて、ホントはあそこに捨てたんだ。






寂しさはとっくの昔に飼い慣らしたはずだったのに、嫌に天気が良かった春の始まり、何かもう、全てのことが嫌になった。


ヨシくんからの着信ばっかだし、街の空気は悪いし、俺ひとりがここから消えたって、誰も何とも思ったりしないよな、って。


でも、そのまま事務所戻ったら、何でかヨシくんが居て、おまけにすごい剣幕で俺の胸ぐらを掴んで。



『電話、何で出なかったんだ?
今なら言い訳程度は聞いてやる。』


言い訳も何も、呼吸さえままならないほどに首絞めてて、喋れるわけないじゃんって思った。


そのまま突き飛ばされてゴホゴホと咳き込めば、上から落ちてきたきたのはひどく冷たい瞳。


目を逸らし俺は、諦めるようにため息を混じらせた。



『捨てた。』


『…あ?』


『携帯、捨てたの。』


その瞬間、再びドンッと壁に叩きつけられた。


まぁ、怒るのは当たり前だろうし、忙しくてピリピリしてるから、余計に俺に対して苛立ったんだとは思うけど。



『死にたいんならさっさと拾ってこい。』


普通、死にたくないんなら、って言うと思うけど、そんなの俺には通じないって、ヨシくんはわかってるんだ。


生きるのも飽きたし、この人が殺してくれるんならラッキーって感じで、俺は少し顔をほころばせた。


“狂ってるな”と、そう吐き捨てたヨシくんは、さっさと俺に背中を向けて事務所を出ちゃって、みんなはポカンとしたままに俺らを交互に見つめてたっけ。



『智也、俺の番号知ってる?』


『…自分の番号知らないんすか?』


『興味ねぇもん。』


そう言った俺に対し、彼は呆れ顔で自らの携帯を差し出した。


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