向日葵-the black cat-
母親が死んだのは5歳の時だから、ぶっちゃけあんまり記憶はない。


こんな感じ、みたいなふわんとした記憶はあるものの、それよりも親父の歪んだ顔ばかり思い出すのが先だから、いつもそこまで辿り着けないんだ。


煙草臭くて酒臭くて、いつも家に居る親父が、大嫌いだった。


初めて右腕に煙草を押し当てられたのは、多分10歳くらいだったと思うけど、それもやっぱりあまり、記憶がない。


怖かったとか、体中が炎に包まれたようだったとか、そんな断片的なことは覚えてるんだけど。


人は自分を守るために、いらない記憶は奥底に追いやってしまう、って脳の作りになってるらしい。


ガキの頃から俺、そんな感じだったと思う。



『…やめて、父さんっ…』


『うるせぇよ、クソガキ。
腕出さねぇとまた殴るぞ。』


そして、恐る恐る腕を差し出す俺のそれを大きな手でガッシリと掴むと、親父はまだ治ってもいない俺の傷の上に、火の玉をなじった。


もだえ苦しんで、震えて涙を流す俺に向け、“父さんだって苦しいんだ”と、そんな言葉を投げて彼は、いつも唇を噛み締める。



『母さんが死んだ俺の悲しみや苦しみは、こんな痛みなんかじゃ足りない。』


まるで、そう俺に言い聞かせ、そして自分の行為を正当化しているような台詞に聞こえた。


殺してやりたかったけど、でも、恐怖の方が大きかったんだ。


自分より一回り大きくて、力も強いだろう大人の男に、ガキの俺が勝てるなんて保証はどこにもないんだから。


俺を残して死んだ母さんが、心底憎かった。


産み落とすだけで勝手に死んで、こんな苦しみの中で生きるくらいなら、いっそ産んでくれなきゃ良かったのに、って。


俺の体は、親父に殴られるためにあるのかな、って。


断片的な記憶を紡ぎ合わせてみても、毎日がきっとこんな感じだったはずだから、思い出すのも馬鹿らしい。


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