向日葵-the black cat-
例えば記憶喪失になれる薬があったとするならば、俺はいつからの記憶を消すだろう。


夏希のことも、サチのことも由美姉のことも、もちろん親父の記憶も全部消したいなんてことを思うのだろうか。


好き過ぎて苦しい場合、どうすりゃ良いのかな、なんて。



「龍司さん、お久し振りっすね。」


嘘臭く笑った顔で彼は、そう言って俺の向かいへと腰を降ろした。


何も答えないままに煙草を咥えてみれば、そんな俺を見てため息ひとつが落とされる。



「ずっとここに居たんすね。」


「そんなこと聞きに、わざわざ会いに来たんじゃねぇだろ?」


「相変わらず、俺とは無駄話もしてくれない、って?」


彼、智也はそう言いながらも口元に笑みを浮かべていた。


こんな状況だからか、顔も見たくないと思っていたのに、相変わらず人の神経を逆なでするのが好きなのだろう。


少し向こうではヨシくんが、こちらを伺うようにコーヒーをすすってるし。



「預かってきたんすよ、これ。」


そう言った彼はズボンのポケットから銀色のものを取り出し、テーブルに置いた。


視線を落としてみれば、見慣れたそれに俺は、思わず瞳を大きくしてしまう。



「夏希、アンタの部屋から出ましたから。」


「…どこ、行ったの?」


「言う必要、ありますか?」


斜に向けられた瞳に、俺は苦虫を噛み潰すように唇を噛み締めた。


智也が取り出したのは夏希に渡していた俺の部屋の鍵で、それが戻って来たってことは、アイツはもう本当に、あの部屋には居ないってことだ。



「いい加減、捨てた女の心配なんかしないでくれます?」


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