向日葵-the black cat-
どうしてもハンバーグに手をつけることが出来なくて、そのままフラフラとした足取りで寝室へと向かい、電気もつけないままにベッドへと倒れ込んだ。


倒れ込んでみれば、微かに夏希の残り香がする気がして、不意に彼女の顔が脳裏をかすめる。


同じ痛みを分かち合っていたからこそ理解しあえて、でも、だからこそ共に乗り越えることが出来なかったんだ。


いや、俺が逃げただけ、か。



『怖がらないで、俺のこと。』


違う、怖がってたのは俺の方なんだ。


手に入れたくて、確証めいたものが欲しくて、“愛してる”なんて言葉を紡いだのだから。


もちろんそれは嘘じゃないし、本気だったけど、でも、お前はどう思ってたのかな。



『愛してよ、あたしのこと。』


抱き締め合ってることがリアルで、それ以上は望まなかったのに。


なのに不安げな瞳で見上げられる度に、そんなものが嫌で目を逸らしたくなってしまうんだ。


お前の怯えたそれを思い出すと、やっぱり息苦しさを拭えなくなる。



『誰とヤっても一緒だし、気持ち悪いだけなら、お金くれる人の方がマシじゃん。』


虚勢だったのか、それとも本心だったのかもわからないような、そんな台詞。


不確かなものなんかで繋がってられるほど強くなくて、それでもお前は体を繋ぐことを極端に恐れていたんだ。


彼女の中に巣食う底なしの記憶を掘り起こすだけの行為のようで、結局は傷つけただけだったのかな、って。


もう一度、今度こそ、なんて言いながら繰り返し、そして近づいては離れるような関係だった。


静かなだけの帳の中で、ひどく右腕の古傷が痛みを放ち、思い出すようにして唇を噛み締める。


やっぱ、愛してるだけじゃダメだったんだ、なんてことを思いながら、ベッドへと深く沈んでゆく自分自身。


ただ、消えてなくなりたかった。


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