向日葵-the black cat-
自分の家に居ても夏希の面影ばかりを探してしまい、結局は、夜が明ける頃に眠りに落ち、そして夕方にはヨシくんのマンションへと戻った。


元々荷物なんてほとんどない彼女だったけど、それでもそのスペースが綺麗に空いているのを見続けることなんて出来なかったんだ。


ハンバーグを味わえるほどの、余裕もなかった。


今月末であの部屋を引き払う契約にしてたけど、引っ越しの準備も、もちろん新しく暮らす場所さえも決めていないまま。


だって、夏希が居ないんじゃ意味がないから。



「おかえり、龍司。
そんな顔してるってことは、もう本当に夏希チャンは居なくなっちゃったんだね。」


何でヨシくんは、俺の顔色ひとつで今までどこで何をして、そして何を想っていたのかを見透かせるのだろう。


答えの代わりにため息だけを混じらせ、冷蔵庫からいつものようにビールを取り出した。



「話があるんだ、座れ。」


プルタブを開けた音に混じり、そんな命令口調が俺へと投げられる。


どうせロクなことじゃないんだろうなと、また何も言わずに俺は、ビール片手にもはや定位置のようになった白革のソファーへと腰を降ろした。



「いい加減、お前のご機嫌次第なんだけどな。」


「…何のこと?」


「例の店のことだよ、もう買い取ってあるんだから。」


あぁ、と俺は、言葉の代わりに肩をすくめた。


金融屋を辞めた頃くらいから、ヨシくんは俺にショットバーの店長の話を持ち掛けていた。


それでも今までは何かと理由をつけて断っていたけど、でも、彼は未だにその話を諦める気はなさそうで、おまけに出店場所を買い取ったとまで言うのだから。


だけども今となっては居候状態で、断る術さえ持ち合わせてはいないんだけど。



「俺じゃないヤツの方が良いよ。
そんなのするくらいなら、金融屋に戻った方がマシ。」


「向いてないんだよ、お前には。」


「ショットバーだって向いてるとは思わねぇけど。」


大体、酒が飲めると言っても仮にも接客業だ。


ない愛想振りまくくらいなら、違法なことして真っ黒い中に飲み込まれてる方が楽だとしか思えない。


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