向日葵-the black cat-
隣から聞こえてきたしゃがれたような声に、弾かれたように顔を向けた瞬間。


その瞬間、俺は目を見開いたままに息を呑んだ。


そんな俺を見降ろしていたのは、驚いたような顔したパジャマ姿の初老の男で、彼のだらしなく開いた口からは、咥えていた煙草が今にも落ちてしまいそう。



「…親、父…」


言った瞬間、ハッとした。


言葉にしなきゃ何事もなかったように立ち去れたのだろうけど、でも、考えるより早くにそれは口をついてしまったのだから。



「…お前、まさかっ…」


その先に、何が続くのかは想像出来なかった。


それでも彼、親父は自らが咥えていた火もついてない煙草を口からむしり取ると、唇を噛み締めるように視線を落としてしまう。


心の準備も出来てないうちにこんな予想外の形で再会してしまい、当然のように言葉が出ない。



「……龍司、なのか…」


多分、彼の煙草に火が付いていなかったことだけが、唯一俺を冷静で居させてくれたのだろうとは思うけど。


目の前には親父が居て、彼によって名前を呼ばれたこの現実が、未だどこかリアルだとは思えないのだ。



「…殺しに、来たのか?」


そんな問い掛けに、俺は静かに首を横に振った。


10年ぶりに会った親父はすっかり白髪が増えていて、おまけに頬はこけ、あの頃の怖かった印象はもうどこにもなかったのだから。


きっと、殴っただけで死んでしまうだろうし、こんな病人に殺意なんて生まれるはずもない。



「会いに、来たんだ。」


やっとそんな一言を紡いでやると、彼はきつく結んだ唇のままに、静かに俺の横へと腰を降ろした。


俺と親父の間にある隙間が、きっと今までの空白を表しているのだろう証拠のようだ。


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