向日葵-the black cat-
「これ、俺の携帯書いてあるから。」


長財布から取り出した自らの名刺を彼へと差し出すと、やはり親父は、俺とそれをまばたきしながら見比べていた。



「何かあったら電話してこいよ、来るとは限らねぇけどさ。」


「…あぁ、すまない。」


戸惑いながらも俺の名刺を受け取り、親父は小さくなった体で頭を下げた。


互いに立ち上がってみれば、いつの間にやら俺の方がすっかり背も高くなっていて、見降ろす形に苦笑いを浮かべてしまう。



「…その、彼女とのこと、祈ってるからな。」


「大きなお世話でーす。」


「…そう、だよな。」


「つか、もう良いって。
ダセェし、あんま謝るなよ。」


「…すまな…いや、ありがとう。」


最後まで、親父はそんな調子で、一度また俺へと頭を下げ、きびすを返した。


去っていく彼の後ろ姿を見送りながら、膨らんだ風船がしぼむように長く吐息を吐き出し、再びベンチへと崩れるように俺は、腰を降ろす。


少しばかり傾き始めた陽に眩しく照らされ、思わず目を細めてしまうのだけれど。



「あなたが、息子さんなのね。」


そのまま自分の世界に落ちようとしていた俺の思考を遮ったのは、先ほどの小太りの看護師の苦笑い混じりの言葉だった。


顔を向けてみれば、何故だか彼女は今しがたまで親父が座っていた場所へと腰を降ろしてしまう始末。



「佐倉さん、たまにあなたのことを話してたわ。
申し訳ないことをしたんだ、どう償えば良いだろうか、って。」


「…嘘だろ?」


「本当よ。
だからなのか、ちゃんとした治療も拒否してるの。」


「それは、死んだ女のところに行きたいからだよ、きっと。」


「そうじゃないわ。
息子を殺そうとした自分が、生きようとしてはダメなんだって言ってたもの。」


親父が、そんなことを。


だったらあながち、俺のことを忘れたことなんてないと言ってたのも、嘘ではないのだろう。


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