向日葵-the black cat-
「だったらさ、親父に言っといてよ。
一生恨んでやるから、だからさっさと死ぬより長く生きて苦しめ、ってさ。」


「そう言ったら、ちゃんと治療してくれるかしら。」


「俺にすまないと思うなら、医者の言うこと聞け、って付け加えりゃ良いよ。」


「わかったわ、伝える。」


何で俺は、この期に及んでこんなことまで言ってるのだろう。


それでも不思議なことに、もう右腕の古傷は痛みを放つことはなく、何となくだけど過去を過去だと思えるようになったのかもしれない。



「それよりさ、この辺にどっか観光名所とかねぇの?
俺も遠路はるばる来たんだし、このまま帰るのもねぇ。」


「そうねぇ、観光ってほどでもないけど、川沿いの土手に向日葵畑があるの。」


「…向日葵畑?」


「とても綺麗よ。」


「…花、ですか。」


花、と言って一番に思い浮かぶのは、やはり由美姉の顔だろうか。


確か本でも読みなさい、なんて言って一番最初に渡されたのは花言葉の本で、どうしろって言うんだよ、なんて思ったことが思い出された。


だって普通、そういう時って小説本とかだろ、って。



「まぁ、行ってみるよ、サンキュ。」


「えぇ。」


「あと、親父のこと、頼みます。」


それだけ言い、立ち上がって俺は、ベンチに腰かけたままの看護師を残し、ひとりきびすを返した。


心の中に燻っていた何かも少しばかり拭われた気がして、何故だか足取りは軽かった。



『何かさ、気が抜けちゃった感じ。』


何となく、今ならあの日の夏希の心情も、分かる気がするよ。


お前と同じ、少しだけだけど過去と向き合えた気がするし、俺もやれば出来るじゃん、って。


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