我妻教育
「啓志郎、よく来たな。調子はどうだ?」


戸を開けると、祖父は、ベッドから起き上がった状態で、新聞を読んでいた。


「はい。結構でございます」

私は一礼して室内に入り、ベッド脇のソファーに浅く腰をかけ、祖父と対面した。

テーブルには、真新しい花が飾られている。
室内に優留の姿はない。

祖父に視線を戻す。

「お加減はいかがですか?またお痩せになりました?」


「まぁな。強制的に酒をやめさせられちゃあ、嫌でも痩せる」

皮肉気に笑ったが、やはり落ちた肉の分、頑強だった祖父の面影は薄れている。


頑健さは影をひそめているが、目の奥の有無を言わさぬ重々しい凄みは健在で、
祖父と対面すると、私は息がつまって口が重たくなってしまうのだ。

「優留は・・・」と、口を開きかけたが、祖父の声のほうが早かった。

「どうだ?垣津端のお嬢さんは」

「はい。親しくさせていただいています」

「未礼嬢本人には会ったことはないが、未礼嬢のおばあさんのことはよく知っておる。気だての良い、たいへん美しい人であった」

祖父は昔を懐かしむような表情になった。


「未礼さん本人からも、婚約の同意はいただいています」

「そうか!」
私の報告に、祖父の声が弾んだ。

「よくやった、啓志郎」

「はい。ありがとうございます」

祖父の笑みに、私の頬もゆるむ。


婚約の話の流れで、優留の婚約の話に持っていこうと思った矢先だ。


「じいちゃん、このメロン美味いね!!さっすが、鶴乃宮家からの見舞いの品ってだけのことはあるわ!」

優留が、祖父の部屋に戻ってきた。
切り分けたメロンがのった盆を持って。

「おう、啓志郎。お前も来ていたのか」

盆をテーブルに置いて、わざとらしくニヤリと笑った。
盆の上には、メロンが3切れ載っていた。

優留は、図々しくも祖父のベッドに座った。


「そうか、美味いか。見舞いの品は他にもある。好きなだけ持って帰るとよい」

祖父は、目尻を下げた。
私と話しているときとはだいぶ違う。


優留は、祖父のお気に入りだ。
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