我妻教育
「ここでいい。とめてくれ」

突然、繁華街の一角で、優留が運転手に声をかけた。

「ちょっと寄るところあるんだ。・・・重いな、コレ」


優留は、祖父宅から持ち帰った見舞いの品々が入った紙袋を、そのまま私の車内に置いたまま、車から降りた。


「おい!どうするんだ、これ!」

慌てて私は車から出て、レザーコートを羽織りながら歩道を歩く優留を呼ぶ。


「これから友だちとランチだったの忘れてたんだ。啓志郎に、やるよ」

「いらぬと言っておるだろう!」

「啓志郎がいらなくても、食うだろ、食いしん坊なお嬢チャンが。けっこうイイの入ってるぞ。高級ホテルの洋菓子セットとか。
あ、入浴剤も。お嬢チャンは、入浴剤が必須なんだろ?」


「何で知っている?未礼から聞いたのか?」


優留は、腰に手を当て、含み笑いをした。

「いいや。でも私は何でも知っているよ。
お前がお嬢チャンと同居を始めたことだって初日から。
お前、毎朝起こしてやってるんだってな。まるで執事じゃないか」

馬鹿にするように、高らかに笑った。



優留は、効果的に人を追いつめるのが上手い。

その場に立ち尽くす私をおいて、颯爽と雑踏に消えて行った。



…私が、毎朝未礼を起こしていることなど誰にも話していない。


知っているのは…

優留のスパイが、うちの使用人の中にいる?

私を裏切った者が・・・。
一体誰だ。

裏切る、という言い方は、大げさかもしれない。

話上手の優留のことだ。
上手く聞き出したのだろう。

話した方も、私を裏切るつもりは、なかったかもしれない。

そう、疑心暗鬼になるな。


自分に言い聞かせつつ、自宅に戻った。


居間に、未礼がいない。


縁側から庭を眺めると、未礼とチヨがスコップやプランターの前でしゃがみこんで何やら作業をしていた。


「あ!啓志郎くーん!おかえりー!」

私に気づき、未礼はスコップを持った手を大きくふった。


「何をしているのだ?」

「チューリップを植えてたんだよ」

未礼は、土の入ったプランターを指さした。

「なるほど。球根を植えたのか」

私は、プランターをのぞいた。
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