我妻教育
父の声は、例えようもなく、何かを押し殺すような、しぼりだすような。
とにかく、努めて平静をよそおった、そんな声であった。
「…孝市郎が……」
そのあとのことは、覚えていない。
家の者たちが、慌ただしく動き出した。
祖父母が、我が家に駆け込むようにやって来た。
次の日、学校を休んだ。
両親が、帰国した。
全員の顔が、そろって蒼白している。
兄の孝市郎が、滞在中の中東で、消息を絶ったのだ。
くわしい話は、こうだ。
中東の某国で、ある武装勢力から、“日本人の青年”を拉致したとの犯行声明があった。
犯人側の要求は、刑務所に収容されているリーダーの釈放。
犯人側から届いた映像には、誘拐された“日本人の青年”のパスポートと所持品が呈示されていた。
青年の姿は映っていない。
パスポートは、兄のものだった。
見覚えのある、古びたリュックも。
兄と行動をともにしていた人物も、
その“日本人の青年”が誘拐されたとされる時間帯から、兄と連絡がとれないのだという。
それは、つまり…、やはり…。
父の力で、まだ報道されていないが、外務省とおぼしき人間たちが、ひっきりなしに我が家を出入りしている。
国をあげての対応、情報収集に全力をあげているものの、情報が錯綜している。
状況がはっきりしないまま、捜索自体困難をきわめ、時間だけが過ぎている現状。
今、兄は、どこにいるのだ。
生きているのか。
兄の顔をはっきりと思い出せる。
つい最近、会ったばかりではないか。
元気に笑っていた。
なぜ、こんなことになったのだ。
思考力が、とぎれとぎれで現実感がない。
これは、ほんとうに現実なのだろうか?
テレビの、報道の中の世界だ。
未礼が、ずっと、私に寄り添っていた。
とにかく、努めて平静をよそおった、そんな声であった。
「…孝市郎が……」
そのあとのことは、覚えていない。
家の者たちが、慌ただしく動き出した。
祖父母が、我が家に駆け込むようにやって来た。
次の日、学校を休んだ。
両親が、帰国した。
全員の顔が、そろって蒼白している。
兄の孝市郎が、滞在中の中東で、消息を絶ったのだ。
くわしい話は、こうだ。
中東の某国で、ある武装勢力から、“日本人の青年”を拉致したとの犯行声明があった。
犯人側の要求は、刑務所に収容されているリーダーの釈放。
犯人側から届いた映像には、誘拐された“日本人の青年”のパスポートと所持品が呈示されていた。
青年の姿は映っていない。
パスポートは、兄のものだった。
見覚えのある、古びたリュックも。
兄と行動をともにしていた人物も、
その“日本人の青年”が誘拐されたとされる時間帯から、兄と連絡がとれないのだという。
それは、つまり…、やはり…。
父の力で、まだ報道されていないが、外務省とおぼしき人間たちが、ひっきりなしに我が家を出入りしている。
国をあげての対応、情報収集に全力をあげているものの、情報が錯綜している。
状況がはっきりしないまま、捜索自体困難をきわめ、時間だけが過ぎている現状。
今、兄は、どこにいるのだ。
生きているのか。
兄の顔をはっきりと思い出せる。
つい最近、会ったばかりではないか。
元気に笑っていた。
なぜ、こんなことになったのだ。
思考力が、とぎれとぎれで現実感がない。
これは、ほんとうに現実なのだろうか?
テレビの、報道の中の世界だ。
未礼が、ずっと、私に寄り添っていた。