我妻教育
飼育している以上、誰かが必ず鯉に餌をやらなくてはならない。
そんなことは皆わかっているはずだ。


ただ、我が家の人間は皆、気が立っている。
疲れて余裕を失い、ついあのような物言いになってしまったのだろう。





「餌をやってくれていたのか…」



振り返った未礼の手には、からっぽになった容器が持たれていた。

水面が、はげしく波打っている。



「ありがとう、助かった。すっかり失念していたのだ…」


私の代わりに、未礼が責任を果たしてくれていた。

私は感謝の意をこめ頭を下げた。



「啓志郎くんは、お兄さんのこと考えてあげてて。大丈夫だから。他のことは、あたしに任せて」



顔をあげると、未礼は微笑んだ。

いつもの、はちきれんばかりの明るい笑い方ではなく、慈しみに満ちた笑みだった。



「啓志郎くん、何か食べた?昨日も何にも食べてないでしょ?」


「悪いが食欲がないのだ…」


「簡単に食べれそうなの作ってくるから、ね。少しだけでもいいから食べよ?お部屋で待ってて」


私の返事を待たずに、未礼は台所へむかった。






あとで気づいたのだが、

兄のことを世間に知られないように、学校には風邪をひいたと嘘を言って連続で休んだにも関わらず、
琴湖たちから、私を心配するメールなどは入ってきていなかった。




あとで知ったのだが、

未礼が、琴湖とジャンに連絡をしてくれていたのだ。

私の気が、友人たちにまで回らないことを先回りして、琴湖たちが心配しないように上手く対応してくれていたらしい。





居間の縁側に立ち、庭を眺めていると、盆を持った未礼が部屋に入ってきた。


盆をコタツに置き、私を呼ぶ。



鶏肉と野菜と卵が入ったオジヤだった。

一口食べると、冷えた身体に、じんわりと温もりが染みわたった。




目の奥が、熱くなった。








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