我妻教育
『…もしも、頼地の押しに反対して別の道を通っていれば、こんなことにはならなかった。だから、孝市郎は、俺が悪いんだ…って…』


私は、話を聞き出したことに申し訳なさを感じた。

管理人の声には、過去への後悔と悲しみが色濃く残っている。

つらいことを話させている。



一人だけ無事だったことでよけい、兄は追いつめられていただろう。

包帯姿でやつれた兄の顔と、そのときの心情が、頭の中でシンクロした。
身も心も痛かったに違いない。




松葉グループの長男の遭難騒ぎと、友人の死と障害。

当時は相当なニュースとなり、グループの株は一気に下落したという。


『松園寺家の人間…とくに父親に会わす顔がないってずっと言ってたよ』


だから、長い間連絡できなかったんじゃないかな、と管理人は肩をすくめた。



もともと海外に興味があったのは管理人のほうだったらしい。

色んな国を旅してまわる夢をもっていた。


『…だけどこんな身体になって…。
車椅子でも旅行くらいできるから連れてってやるって孝市郎は励ましてくれたけど、当時の僕は、生きる希望をなくして、旅行だけじゃなく全てをあきらめてた。
そしたら孝市郎が、だったら俺が代わりに行ってきてやる!
あちこちまわって、せっかくなら、ゴールは空と大地の境界線だろう、って』


兄は、友の夢を背負い、最果てまでの旅の記録を撮り、そして送り続けていたのだ。








「日が昇ったのか…」

百度石をまわるとき、空が明るくなっていることに気づいた。

巾着が半分軽くなった。


私は足を止めぬまま、胴着の懐から、薄い風呂敷袋を取りだした。

中には、4枚の絵はがきが入っている。

兄が渡航後、一年ごとに私宛てに送ってくれた絵はがきだ。


今年は、届かなかったが…。



風呂敷を懐に戻し、小石を踏んで痛めた足を引きずり、拝殿を目指した。








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