我妻教育
『君が一番知りたいことは、孝市郎が、どうしてNGOの活動をしてることを君には内緒にしていたか、ってことだよね?』


ようやくゆるやかな笑みの戻った管理人の問いかけに、私は黙ってうなずいた。



『孝市郎言ってたよ。
啓志郎は、きっと自分を恨んでいるだろう、って。
自分が居なくなることで、いろいろなものを背負わされることになる君に一番申し訳ないってずっと言ってた。
向き合う資格がない。
何かをやり遂げたって、誇りを持って言えるまでは、どんな詫びの言葉も価値がない。
やっと、自分のやりたい、やるべき方向が見えてきた、って。
だから、きっと、もうすぐだったはずなのに……』





6年前の兄との記憶は、じょじょに映像が浮かんでくるようになったが、くっきりと思い出すのはやはり困難だった。


両親も、他の家の者たちも、友人も、タブーであるかのように、遭難事故をはじめ兄の話自体することを避けていた。

居なくなった兄を蔑み、私は兄のことを思い出さないようつとめていた。

だからだろうか。







用意した百枚の硬貨が最後の一枚になった。

百度参りが完了する。



賽銭箱に硬貨を丁寧に落し入れ、もはや感覚のない真っ赤な手をあわせた。



「私は、兄上に、渡航前に庭にヴィーナスを彫っていた動機を問いたいのです」



当時、兄は心を痛め、憤りを感じていただろう。

ストレスは相当なものだったに違いない。
フラストレーションを発散させたいがために石を砕いていたのか、
それとも、ただ単に本気で庭にヴィーナスを置きたいと思いついた衝動だったのか。


「そんな、どうでもいいような会話がしたいのです」


神様。






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