我妻教育
「そうでなければ、こんな子どもにつき従う意味などあるまい!!
私が万一後継者の地位を追われでもしたら、婚約など破棄して離れていくのだろう!!」


だが、やはり、言い切って後悔した。

病人の未礼に対して、責めるようなことを言うとは…。


「…すまぬ。言いすぎた。食ってかかるなど、私らしくないな…。
どうかしている。…少し弱っているようだ…」


「大丈夫だよ。
あたしには弱いところ出したっていいんだよ。
だってあたしは啓志郎くんの妻になるんだから」

気にしないで、ね。と言ってから未礼は小さく微笑んだ。


「啓志郎くん、誤解してるみたいだから言うけど、あたしは別に啓志郎くんが松園寺家の後継者にならなくても、そんなの別に関係ないと思ってる」


「うそだ!!」


「うそじゃないよ。だってあたし、今でも十分幸せ者だと思ってるもん」


私は、驚いて、まじまじと未礼の顔を見た。
幸せ?
何を言っているのだ…?

「後継者にならずとも、破棄せぬと言うのか?」


未礼は、はっきりと首を縦にふった。


「啓志郎くん、あたしに『来い』って言ってくれたでしょ?自分の家に来いって。
あたしうれしかったんだよ。
命令形だったから、よけいうれしかった。
あたしはどこにいても、いつも一人の気がしてたんだ。
でも、やっとあたしの居場所ができたんだって。
本当にうれしかった。
だから、ついて行こうと思ったの」


私は、ほうけた顔で聞いていた。
そんな風に思っていたのか…。



「啓志郎くんは、あたしにとって、たった一人の唯一の人なんだよ」


言ってから未礼は「照れるね」と、はにかんだ。



“未礼には私しかいない”

以前、琴湖に言われた言葉を思い出した。


私が自分自身を否定するということは、未礼のことも否定するということになるのだ。


「…確かに。気恥ずかしくてかなわぬな」


もっと、しっかりせねば…。

やり場のない、心の歪みが正されて、バランスがゆっくりと元に戻ってくる気がした。



「ね、啓志郎くん、知ってる?」

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