我妻教育
優留は、不敵に笑った。

それでこそ松園寺優留だ。



私も強気に笑い返す。

「…悪いが私も負けはしない。
誰より相応しい後継者となるのは、この私だ」


「手加減はしないよ」

「のぞむところだ」




来月の正月。
我が父の考えに変化がなければ、私は親族の前で、『後継者宣言』される。


しかし、後継者の地位を不動のものにできるかどうかは、一ヶ月後などという目の前の話ではなく、
もっともっと先の話なのだ。


もっともっと己を磨き、自分の理想とする大人になれたとき、
そのとき初めて私は『本物の後継者』になれるのだろう。


優留は、これからも一番手強い存在として、私の前に立ちはだかり続けるのだ。






「腹減ったな…」

冷静さが戻ったのか、優留はポツリとつぶやいた。


「ならば、早く池から出るのだ。
もう食事の用意はできているだろう」


優留は、ザブザブと水をかきわけ池のふちまでくると、手を差しだした。

「手をかしてくれ」

「ああ」


腹下ぐらいの深さの池とはいえ、池をふちどる岩から上がってくるのは大変だろう。
私は、しゃがみ、優留の手をとった。

手が相当冷えていた。

暗くてよく見えなかったが、唇の色も悪く、ふるえているようだ。
風邪をひいてしまう。


優留を引き上げようとした。

その時だ。


優留の紫色の唇がニヤリと笑った。

悪だくみをする悪戯っ子のように。


まずい、と思ったがもう手遅れだった。


優留は、私の手を強くにぎり、そのまま勢いよく引っぱったのだ。


「!!」

あらがう間もなく、大きな水音を立て、私は顔から池に転落した。


「…ゴホ、ゴホッ…!!貴様、何をする!!…ッ鼻に水が…ッ!」


12月。
池の水は恐ろしく冷たい。
ただでさえ我が家の池は天然の湧水なのだ。


「アハハハハハハハ!!!」


顔をぬぐい、抗議の目をむけると、優留は大爆笑している。


よほど愉快だったのか、大口をあけて、まるで、いたずらが成功した子どものように。

いつもは大人ぶった優留が、久々に年相応の顔をしていた。

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