我妻教育
未礼は小箱をあけ中の品を確認すると、驚いた顔で私を見た。

「腕時計。…ってコレ、すっごい高いんじゃないの?!」


「結局、誕生日プレゼントも渡せずじまいだったからな」


「それでもこんな…」

未礼は心底恐縮した面持ちで、かっちりとした高級感のあるケースの中におさめられた腕時計を見つめている。


デパートの支配人に選んでもらったのだ。
若い女性に人気だという、海外の高級腕時計を。

ハイクオリティーで、エレガントで、飽きがこず長く使える、良いものを。

その時計は、細身のシルバーブレスに、文字盤はピンクでダイヤが施されている。



「このプレゼントは私からではなく、私の父からだと思ってもらえばよい」

しょせん、私に自由にできる金はすべて父のものだ。

「松園寺家の当主からだ。遠慮など不要だ」


そう言っても、未礼の顔は恐縮したままだ。



だが、あえて、高級な腕時計を選んだのだ。

《最後》の《教育》のために。



未礼は、普段、腕時計をしない。

私は、諭すような口調で語りかけた。

「時間を確かめるときはいつも携帯電話だろう。
こう言ったらなんだが、あまり見映えのよいものではない。
マナーとして、大人になるための一歩として使用することをすすめる」

「でも、こんな高いの…」


「子どもにブランドものは分不相応であろう。
見栄ばかりはるのはいかがかと思う。
だが、時には無理をしてでも背伸びをすることも必要だと、私は思う。
なりたい姿にたどり着くためには」


しばらく沈黙のあと、未礼は腕時計を手に取った。

「…そっか…。そうだよね。
こんな高価な時計にふさわしい、ちゃんとした大人になるために、ちゃんと腕時計つけるね。ありがとう」

緊張した未礼の面持ちに、ゆっくりと笑みが広がった。



「そして、これが私からのプレゼントだ」

高級腕時計と比べたらたいそう質素なため、気恥ずかしさに、ためらいながら、未礼の前に差し出した。

抱えるくらいの大きさの、花束を。


「わぁ!キレーーー!!」
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