我妻教育
子どものままでは。
私の手は小さく、誰のことも守れない。

ダメなのだ。

今のままでは。

父所有の豪華な箱庭の中に収まっているままでは。


未礼の人生も、“後継者”の肩書きを背負うことも。

早すぎるのだ。



しばらく瞬きを忘れたように目前のイルミネーションを凝視した。

目をそらすな。

この光は、父の威光だ。

焼きつけ、思い知るのだ。

輝く力すら持たない今の自分を。

光に目がくらめど勘違いするな。

輝いているのは―――父。



イルミネーションの青白い光が、横顔の未礼の笑顔を照らしている。


この笑顔が遠くなる。

手を伸ばせば届くほど近くにいる。

この一言を告げたなら、後戻りできなくなる。


それでも、私から言わないわけにはいかなかった。

「婚約の話は、…いったん解消して欲しい」


「うん」

「申し訳ない」

「ううん」


「…ほんとうに、力及ばず申し訳ない。いつも守ってやれず、すまなかった」

しぼりだすように言い、私は、頭を下げた。


未礼は、勢いよく首を横にふった。
目が、口が、涙をこらえているようだった。


未礼の輪郭が、光に溶けこんで消えてしまいそうだ。


―――初めての感情だ。

この感情に、一体何と名をつけたなら、ふに落ちるだろうか。

押さえこもうと努めても、こみ上げるもの。
切なさ?寂しさ?感謝。

渦巻く、言い表しがたい感情が、血液のように私の体内を巡り、ようやくたどり着いた出口から溢れんと、ノドと鼻と目の奥を容赦なく攻撃する。

抵抗する。


こらえきれず、ひとすじ頬をつたった涙の熱さに驚いた。



にじんだ視界に、はらりと粉雪が舞った。



「ホワイトクリスマス!!」

未礼が私の手をとり、庭に出た。


手をつないだまま、2人は天をあおぐ。

「今まで、ありがとう、啓志郎くん、ありがとう…。
あたしのこと、ずっと見ててくれてありがとう」

つぶやくように、未礼は何度も私に礼を言った。



降ってくる雪を見上げ続けていたら、落ちてくるのが雪なのか、我々が昇っているのか、不思議な感覚になった。
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