我妻教育
どうせなら、昇っていくほうがいいな。


成長したい。

一回りどころでも、二回りどころでもなく、見上げども見上げども、たどり着けぬほどの高みに。


昇りつめたい。

未熟さをもう二度と恥じずともよいところまで。



あえて口にはしなかったが、婚約を解消するということは、どういう意味を持つのか、わかっていた。


“再び”はもうないということも。



だが、さよならは言わないでおこうと思った。


隣の女の頼りないくらい細く、指先が冷たいこの手を、包みこめるくらい大人になったら…


そのときは……




深々とした、暗闇とイルミネーションのコントラスト。


舞うように、そそぐ雪。



いつまでも手を離せずにいた。













翌朝。


私は1人、きれいに片付いた居間に、たたずんでいた。

今さっき、未礼を送りだしたところだ。




『元気で』

『うん、啓志郎くんも元気でね』

ブーケを抱えた未礼は、車に乗りこみ窓をあけた。


『ありがとう、啓志郎くん。大好きだよーーーー!!』

未礼は、動き出した車から身を乗り出して大きく手をふった。


“ああ、私もだ”

と、言うべきだっただろうか。

嘘でも真でも。

でも、言えない。
何も、言えなかった。

ただ手を振りかえすのみ。
言葉が出てこなかった。

何か言おうと口を開くも、
顔の位置で手をふりかえすのみ。

言っておくべきだっただろうか、感謝の気持ちとともに。



車が角を曲がる。
もう、見えなくなる。


最後に腕を上げ大きく手をふった。




漠然と思った。
いつか後悔するときがくるのだろうか、と。





未礼の部屋としていた和室を開く。


未礼の荷物も実家に送り、元通りの殺風景な和室に戻っている。

まるで未礼など、初めからいなかったかのように。


だが、一つだけ残っていたものに気がついた。
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