我妻教育
「啓志郎くんの家の人、心配しちゃうね。いちお、さっきお家には連絡入れといたんだけど。
車出してもらうように言ってくるね。ちょっと待っててね」

おいとましたい、と言った私のために、未礼がリビングをあとにした。



「何しに来たんだ?」
とたんに勇は、敵対と不審のまなざしを向けた。

あくまで未礼の前では、礼儀正しい可愛い弟、で通すつもりのようだ。いい度胸だ。
ここまで徹底していると、逆に感心してしまう。

未礼の家に来てしまったのは、私の不徳の致すところの、偶然なのだが、いい機会だと思い切り出した。
「単刀直入に聞く。昨日おぬしが言っていた言葉の意味を説明して欲しい」

「姉さまは、お前の手には負えない。ってやつか?」
「そうだ。“家に来てみればわかる”とも言っていたな」

勇は冷めた目で、私の顔を眺め、そっけなく言った。
「ついて来いよ」


いささか不安を抱えながら、勇のあとをついて階段を上る。
重厚で優雅な、英国調のクラシックな邸内だ。

この先に何があるというのか。
階段を踏みしめるたびに、緊張が増す。

一つの部屋の前で立ち止まった勇は、振り返って不敵に口を開いた。
「ここだ。開けてみろ」


戸を開けると、桃の香りとともに広がったのは、想像を絶するほどに、乱雑にされた室内だった。

何だ、このありさまは。

絶句して、立ち尽くした。
今日三度目の衝撃は、今日最大だった。

切れ長と言われることの多い私の目も、今だけは真ん丸だと言われることだろう。


「姉さまの部屋だ」
茫然とする私の横で、勇は冷淡だ。


室内は、足の踏み場もないほど、というより床が見えないほど、あらゆるもの(主に衣服や雑誌類、何かの入ったビニール袋や紙袋)に、うめつくされていた。
積み上げられ、崩れ落ちている。

ゴミ屋敷だ。
テレビで見るような、ゴミ屋敷のような室内が目の前に広がっている。
また気が遠くなりそうだ。


「部屋の奥に進むには、峠をいくつも越えなきゃいけないんだが、そのつど、雪崩に注意が必要だ」
勇は、皮肉っぽく、どこか面白そうに言うと、足先に落ちていた靴下を拾い、部屋の奥めがけて投げた。

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