ぴーす


「あっ桃花! 待っててく、れ……」


トイレから出てきたみっちゃんは、あたしを呼びかけようとした声を途中で切った。
この異様な空気に気づいたんだろう。

中野はさっきの言葉の後から、寒さのせいか小さく貧乏ゆすりしている自分のつま先を見ている。

一方あたしは、そんないつも通りに戻っている中野を睨みながら、さっきの言葉は何度も頭でリピートさせていた。




「さむ……」


沈黙を破って切り出された言葉に、あたしはさらに目を細くした。

口を開いた本人――中野は、さっきのやり取りがなかったかのように、マフラーを鼻のところまで上げ、あたしの足元に置いてあったカバンを掴む。
赤ちゃんがそのまま大きくなったみたいに、ヨタヨタと歩き、倒れ込むように教室に入っていった。



「……意味わかんねーし……」


あたしが消えてしまいそうな声でそう呟いてみれば、さっきまでいた中野の空間はいとも簡単に消えてしまった。










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