ぴーす
「……何してるの?」
「犬の散歩」
まぁ、見た通りだけど。
そう心の中で呟く。
春なのにマフラーをグルグル巻きにしている中野。
ツッコミたいけどそんな気分にはなれなかった。
「なんかあった?」
落ち着きなく動く犬を見つめながら中野が聞いてきた。
あたし、どういう表情してたんだろう。
そんな悲しい顔してたのかな。
「無理に聞こうとはしないけど」
下を向いたあたしは、なんだか涙で目の前が滲んできた。
「あ……」
首輪に繋がれていた紐が、中野の手からスルリと抜けていく。
バッと駆け出した犬は、遠くへとどんどん中野から離れていく。
ただそれを、あたしと中野は見つめていた。
あたし達の沈黙と、キャンキャンと鳴く犬はまるで別物のようだった。