落下点《短編》
非日常だった。
ここはいつもの大学内じゃないし、ここにいる男の人はみんなで騒いでいる時の朋也くんじゃない。
もう半年くらいの付き合いになるのに、学校以外の場所で、こうして二人きりで話すのは初めてだと、そのときはじめて気がついた。
ひりひりと。もう喉が渇く。先ほど一口水を飲んだばかりなのに。
「あ…の……」
やっと絞り出した声は、まるで一気に年をとってしまったみたいに、かすれていた。
「朋也く──」
「ははっ、なーんて、な!そろそろみんな起こしにいこかぁ!!」
朋也くんはいつもみたいにくしゃっと、アゴを突き出すようにして笑って、そのままあたしに背を向けた。
去っていくスリッパの音。パタ、パタ、パタと、慣れない不揃いな音がする。
あたしは手にコップの水を持て余しながら、しばらくそこにぼうっと立っていた。
…初めて、考えてしまった。
隣におるのが、陣ちゃんじゃなかったら。
そんなことを考えた。初めて。
だってあたしの隣はもう絶対に陣ちゃんだって決まってて、だからそれがたくさんの偶然が重なった、不確かなものだとは思わなかったから。
もしあの日。あの時。
食堂で、あたしの目の前に立ったのが陣ちゃんじゃなかったとしたら。今頃、あたしは。
…あたしは。
コップの中でいまだ揺れる水を、一気にグイッと飲んだ。
窓を開ける。潮の匂いがした。海の、香りだ。
飲んだくれのあたしたちとは大違い、海の上にはもうすでに点々と、波をかき分けるサーファーの姿があった。
「…陣ちゃん」
意味もなく呟いた。
黄金の液はシャンパンなんかじゃなくて、しょっぱい海水でもなくて。やっぱりただの水だった。
.