落下点《短編》


陣ちゃんは、寒がりなひとだった。



大学二年、木々の葉がほんの少しばかり、色づいてきた頃。

はじめ、あたしにとって彼は「陣内幸樹」ではなく「ぐるぐる巻きのひと」だった。

まだ秋半ばのその季節から、チェックのマフラーをぐるぐると、首に巻いていたから。


広いキャンパス。
大量の学生で、ごったがえす食堂。

乱雑に皿に盛られた料理が、慌ただしさを物語る。

友達と他愛もない話をしながらも、あたしの聴覚はごっそりと向こう側に傾けられていた。


「おっまえ、また唐揚げ定食け〜!!」

「だってすきなんやもーんっ!」

「はいはいキモイこと言わなーい」


いつも3、4人で楽しそうに騒いでいる様子を、あたしは食堂の窓際のテーブルから遠巻きに眺めていたのだ。

どこの学部だとか、何年生だとか、なんにも知らなかったけれど。チェックのマフラーを見かけただけで、なんだか心がほっこりとした。


それは砂糖みたいに甘ったるいだけのものではなくて、もう少し甘酸っぱいものだったように思う。


だから、いつも遠くにいたはずの彼が窓際に座るあたしの目の前にやってきて、ちょっとしどろもどろなかんじで、足のつまさきをグリグリと床に押し付けながら。

それでも真っ直ぐにあたしを見たとき、あたしは心底、驚いたのだ。



「いきなりすみません。俺、工学部四類の、陣内幸樹って言います」



渡されたメールアドレスは、zinchan-.から始まっていて、あたしは初めて、彼のあだなが"陣ちゃん"ということを知った。

初めてふたり、キャンパスの外で会ったとき、陣ちゃんは前から食堂で見かけて、気になってたんやと言った。それはサラリと、こなれたような台詞ではなくて、やっぱりしどろもどろで、俯いた頬には赤が差していて。


それをなんだか、愛おしいと思った。あたしも前から、そう言うと陣ちゃんは目をまんまるくして、その後笑った。

とても嬉しそうに、笑った。

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