落下点《短編》
夏の夜は好きだ。昼間のジンジンと皮膚にしみる暑さの名残に、ほどよく冷えた空気が混じる。
陣ちゃんの手のひらは、その温度より少しだけ冷たい。あたしのはもう少し、温かい。
しばらく黙ったまま、隣を歩いた。そしたら陣ちゃんがいきなり消費者金融のCMの曲を鼻歌で歌い出すから、思わず笑ってしまった。
「…なんでその歌なん」
「や、テレビで聴いてから頭から離れんくてさぁ…なぁ、トモ」
「ん?」
「花火、楽しかったな」
あんなんしたの三年ぶりくらいやわ、そう言って陣ちゃんは嬉しそうに笑った。
暗闇だったけど、目尻にシワが寄ったのがわかる。彼の笑顔はいつも本当に幸せそうで、あたしもすぐに笑顔になるんだ。
「俺さぁ、一番線香花火が好きやねん」
「へ…うそ、あっあたしも!!あんな、あのぽたって落ちる瞬間がな!一番好き…」
「ははっ、俺も好きや」
自分が好きなものを、彼も好きだと言ってくれること。
そんなことが、こんなにも嬉しい。
気がきくやろ、先ほどそう言ってあたしたちを無理やり送り出し、ニンマリ笑った友人の顔を思い出した。
「…うん、あんな。好きやわ」
「ん?ははっ、そんな好きなん?花火──」
「そうやなくて、」
向かい合った陣ちゃんの顔。暗闇だけど、よくわかる。星の光を吸い込んだ瞳がふたつ、真っ直ぐこちらを向いているから。
「俺、多分、朋美が思っとるよりずっと、朋美のこと、好きやわ。…うん、改めまして、やけど」
…こんなにも涙腺を刺激するものだと思わなかった。
途切れ途切れの言葉が、地面にぐりぐりと押し付けられたサンダルが。
あたしも陣ちゃんのことが好きだ。陣ちゃんが考えるより、自分が思うより、ずっと。
…改めまして、やけど。
幸せだった。
知らなかった。好きなひとが、自分を好きだと言ってくれることが…こんなにも。
こんなにも。
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