落下点《短編》
頬に触れたままのコップの水が揺れる。
黄色い光に照らされたそれは、水じゃなくてまるで高級なシャンパンみたい。
…本当のシャンパンゴールドって、きっとこんな色だ。
「…陣がさ、初めて俺らにトモちゃん紹介したときあったやん?」
「うん…ははっ、あったなぁ〜!そういうこと」
『よかったなぁ陣!』、そう言って一番最初に笑顔を見せてくれた朋也くんをよく覚えてる。
唐揚げ定食の彼が"朋也くん"になった、あの瞬間。
あたしを紹介する陣ちゃんは床にスニーカーのつま先をぐりぐりと押し付けながら。ひどく照れくさそうで、とても幸せそうだった。
「…トモちゃんが、草津朋美です、って自己紹介したときな」
「うん?」
「そんときな。俺、トモミのトモってどんな字?って聞いてんか」
覚えてない?そう言われて頭をひねってみたけど、そんなことがあったようでもあればなかったような気もする。
なにしろあの時、あたしも緊張していっぱいいっぱいで何を言ったかよくわかっていなかったから。
「そしたらトモちゃんがな、ゆうてん」
「なんて?」
火照った頬の熱は、すっかり吸い取られて消えていた。
「…月を二つ並べたトモです、って」
──月を、二つ並べた。
「俺なぁ、俺と一緒やんって思って。その言い回しかっこええやんって思って。そんで、」
『草津朋美です』
ずっと遠くから眺めるだけだった彼らの空間に踏み込んでいったあの日。よく晴れた日だった。自分に向けられる、驚きに満ちたまん丸い目。隣には陣ちゃんの、チェックのマフラー。
『よかったなぁ陣!』
長身の唐揚げ定食の彼が、満面の笑みで陣ちゃんの肩を叩く。
『そういやコイツずっとゆうとったねんで!あの子かわいーかわいーって!!』
『…うっさいわボケ』
思い出す。思い出す。
『なぁ草津さん!トモミのトモって、どんな字書くん?』
目の前にある、金色とオレンジの中間みたいな髪の色。ゆらゆらと、あたしの瞳の奥で泳ぐ。
朋也くんの瞳は、真剣だった。
「…なんで、陣よりもっと早く声かけへんかったんやろって、思った」
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