記憶を持つ者
驚いたものの、失礼がないように会釈をしたのだが、

「貴女、名は?」

彼女は礼を返さずに、唐突にそう尋ねてきた。

「私は…ユイと申します。」

別に、名乗らない理由もない。そう考えただけで、私は彼女を何も疑わなかった。側近にしか許されていない服を着ていたから。

「そう。…良い名ね。」

踵を返して歩いていく彼女にまたお辞儀をし、私も歩き出した。

その時、私は気付かなかったのだ。

周りにいたはずのヒトが、本来なら会釈くらいはすべきである側近がいたにも関わらず、普通に横を通り過ぎていた事に。

まるで、そこに彼女がいないかのように、ただ、普通に…。
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