記憶を持つ者
彼はわずかに笑うと、私の頭を撫でた。一気に顔が赤くなり、恥ずかしくてその手を払ったのだが、

「俺が分からないか?」

急に悲しそうな表情を見せられて、目の前の男性を知らない自分が悪いような気がしてしまう。

分からない。と答える事すらできなくて、ただ見つめ合ったまま、時間が止まったように感じた。その、青みがかった銀の瞳に吸い込まれると思った。

「もう、戻れない。だから、せめて今はゆっくり寝てろ。…時が来たら、起こすから。」

「戻れないって…何の…」

問い詰めようとした言葉は最後まで声にならず、私はもう瞼を持ち上げていられなかった。

―――やっぱり、夢だ。脈絡がないし、実際こんなに綺麗なヒトいるわけないもん。

そう勝手に納得して、いつものように眠りについた。


ただ、これが“普通の”眠りにつけた最後。


目覚めると、夢よりも信じ難い現実が待っていた。
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