ひとつ屋根のした?
六話 蝶々夫人 madame butterfly


こいすてふ わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもひそめしか



「この和歌は、二人一組で歌を詠み合い優劣を競う歌合せのときに『忍ぶ恋』のお題に壬生忠見が詠んだとされる歌です。
それでは、口語訳を立高さん。」

「はい。」
そう言って、木綿はスカートの裾を手で押さえながら優雅に起立する。

「恋をしていると言う私の噂は、瞬く間に立ってしまった。
人知れずひっそりと思い始めていたのに。」

「はい、よろしい。立高さんすばらしい訳ですね。もう座っていいわよ。
『まだき』はすぐにという意味の重要古語単語ですから、明日の小テストに出しますよ。」

この歌を歌合せで詠んだとき、平兼盛が詠んだ歌と甲乙つけがたいと言われたが、結局兼盛の歌が勝ち、それが原因で壬生の忠見は死んでしまう。

―――人知れずひっそりと思い始めていたのに。
人はいつでもそう。
誰が誰に恋をしている、誰が誰と付き合っている、誰が誰に振られただとか言う部類の噂話が好きで好きでたまらないものだ。

私はこの歌が百人一首歌の中で一番好きだ。

中学のときにこの歌を始めて先生の口から聞いたときは、『こいすちょう』が『恋す蝶』に聞こえて、恋をする蝶なんて何でロマンチックなんだろうと思ったのを今でも鮮明に覚えている。

恋す蝶
ひらひらと今もどこかで飛んでいるのだろうか。




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