林檎と蜂蜜
翌日。朝早くに目が覚めたから、なんとなくいつもより30分早く家を出た。昨日は鬱々とした気分のせいもあって、曇り空が淀んで見えたけど、猛のお陰で今日は雲が覆う空を見てもさほど盛り下がることもなかった。
―…彼女できるかも。
隆司がそう言ったのは、紛れも無い事実だ。それは私が昨日、自分の耳で得た情報なんだから。
「あー…やめやめっ!」
気分転換するために、声に出して空を見上げる。
端から見たら上を向いて歩くちょっと怪しい女子高生だけど、時間が時間だから誰もいない。1つ前の曲がり角で、犬の散歩をするおじいちゃんを1人見かけたくらいだ。
そうこうしているうちに学校にたどり着いた。家が近いというのは本当に便利だと思う。
校庭の端っこにある時計に目を向けると、まだ7時30を過ぎたところだった。吹奏楽部の人が自主練習にちょっと楽器を鳴らしてるのが聞こえるくらいだ。
まだ誰もいないだろうな、なんて思って靴箱で上履きに履き替えると、声を掛けられた。
「篠崎さん、」
「え?」
声の主を探す。廊下には、誰もいない。
気のせいかな、なんて思ってローファーを靴箱に直すと、声の主が靴箱の横の階段から降りてきた。
「今来たところ?」
彼女は、確か…。
「あ、えと、うん。今日は早く目が覚めたから。…小川さんも早いね。」
そうだ、確かEクラスの小川翔子さんだ。明るい茶髪に、ゆるゆるパーマで、ぱっちりした二重の美人さん。話したことないけど。
「ちょっと、いい?」
階段の手すりから身を乗り出して私を誘う小川さん。小さい顔の横で、髪の毛が揺れる。
なんで私?なんて思いながらも、断る理由もなく私は彼女に着いて行った。