記憶の扉
帰省
わたしは小さい頃の記憶がない。
それを裕樹は苦労してないからだろ、と言った。
大切に育てられたんだろうな、とも言った。
わたしは窓に映る裕樹を見つめながら、その言葉を思い出していた。
時折、遮断機が遠慮がちな音と共に通りすぎる。
母から父が倒れたと聞き、時計を見るとすぐに帰省できそうな交通機関は夜行列車しかなかった。
朝一の飛行機にしようかとも思ったが、とてもじっとしている気分になれない。
一緒に暮らす裕樹に話すと夜行列車に乗ろうと言った。
「まさか、いっしょに行くつもりじゃ・・」
確かに先日、母から掛かってきた電話で、
『今度紹介するね』
とは言ったが、さすがにちょっとタイミングが悪すぎる。
「大学があるでしょ」
しかし、裕樹はわたしの目を真っ直ぐに見てサラリと言った。
「万一ってこともあるんだよ」