記憶の扉
 
父はわたしのことを悦子と呼ぶ。

自分で悦里奈という名を付けておきながら。
まあ、母が呼ぶエリナちゃんに比べれば、まだましか。

裕樹は悦ちゃんと呼ぶ。
今ではもう慣れたが、初めてそう呼ばれた時には大変だった。
胸が締め付けられ、心臓が止まるかと思った。

しかし、裕樹はそう呼ぶとわたしが見せる異常な反応を楽しんだ。

「人はそれを恋と呼ぶ」

そう言いながら、わたしをいたぶり続けた。


そう言えば、裕樹はどんな風に呼ばれているんだろう。

「オレ?そうだなぁ、親父は裕樹、裕樹って、普通にそう呼んでるかな。母さんはどうだったんだろう。よく覚えてないや」

小さい頃にお母さん亡くした裕樹は遙か昔を思い出すように言った。


「お母さんはいくつの時に亡くなったの」

「オレが5歳のとき。母さんは、・・ちょうど今の悦ちゃんと同じ歳かな。あの日・・」


ふと裕樹の言葉が止まった。

わたしは視線を口元から目に移す。


「あの日、母さんを見つけたのは、オレだった」

「見つけた?」


「そう、母さん・・自殺だったんだ」



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