記憶の扉
私は生唾を飲み込んだ。
自殺した母親を目の当たりにした幼い裕樹を思った。
切なくて、遣りきれなくて、なかなか次の言葉が出てこない。
沈黙だけは避けたかった。
「どんなお母さんだったの?」
言葉にしながら、気の利いたことひとつ言えない自分が情けなく、無性に腹が立った。
しかし、裕樹はそんなわたしの心配をよそに淡々と母親のことをしゃべりはじめた。
「母さんは優しい人だった。そして、なにより花が大好きだった。家には小さな庭があって、いつもそこは花で埋め尽くされていた」
裕樹は噛みしめるように語る。
あれは真冬のことだった。
『裕くん、川に行こ』
あの人はオレを自転車に乗せると、近くの川まで行き、石をいっぱい集めてきた。
そして、オレといっしょにその石を花壇のまわりに並べたんだ。
・・よく覚えてる。
裕樹はふっとはにかむような笑顔を見せた。
「あの人、裕くんって呼んでたんだ」
「いいお母さんだったのね」
裕樹は返事につまり、言葉を飲み込んだ。
そして、小さく首を横にふった。
「隣に行っていい?」
わたしは隣に座ると裕樹の肩に寄りかかった。
「あったかいね」
裕樹はわたしの肩を抱きなおした。
「ごめんな。本当は一生言わないつもりだったのに」
わたしは何も言わず、裕樹の胸に顔をうずめた。